第31回日本熱帯生態学会研究大会のお知らせ

みなさま

連携学会の日本熱帯生態学会より次年度の研究大会のお知らせをいただきました。詳細は以下をご覧ください。

——-JASTE31のご案内———-
第31回日本熱帯生態学会広島大会 JASTE31(2021年6月26~27日)の参加登録受付を開始しました。
本大会は現地参加とオンライン参加の両方が可能なハイブリッド型開催を予定しております。
詳細は下記大会ウェブサイトをご覧ください。
https://jaste31.hiroshima-u.ac.jp/index.html
また、参加登録は下記のGoogle formから行ってください。
https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSe0U5pab8hUhl9BZIf5NPIUpBXYBTOfBsnr4XV0dxs4MQRScA/viewform
多くの皆様のご参加をお待ちしております。

定例研究会につきまして(2021年度開催予定と第32回報告者募集)

会員各位

 来年度の定例研究会の予定を下記のとおりお知らせします。
 また、次回第32回の報告者を募集します。次回は5月頃に<オンラインのみ>(Zoom利用)で開催予定です。報告を希望される方は、3月31日までに日向(hinata.shinsukeแอทgmail.comメールを送る場合は、แอทを@に置き換えてください)までご一報下さい。
 先月開催した第31回定例研究会はおかげさまで大変充実した会となりました。来年度も皆さまの積極的なご参加をお待ちしております。

●2021年度第1回(第32回)
 2021年5月頃開催
 前回と同様、完全オンライン開催
 報告希望受付は~3月31日迄

●2021年度第2回(第33回)
 2021年10~11月頃開催
 開催形式・場所は7月20日迄にアナウンス
 報告希望受付は~8月20日迄

●2021年度第3回(第34回)
 2022年2~3月頃開催
 開催形式・場所は11月20日迄にアナウンス
 報告希望受付は~12月20日迄

以上につきまして、ご確認のほどよろしくお願い申し上げます。

Capital Accumulation in Thailand (寄贈の件)

日本タイ学会会員の皆様、

 タイ学会の元会長である末廣昭先生より,お手元にあるCapital Accumulation in Thailand, 1855-1985 (Silk Worm Books)のご寄贈のご連絡を頂きました。15冊ほどあるそうですが、希望者には送料は先生のご負担で、お送りくださるようです。

 今も広く読まれているご著作です。まだお持ち出ないかたは是非,先生にご連絡ください(先着順です)。若手、院生の方で先生に直接面識の無い方も是非遠慮せず,直接,連絡してみて下さい。

 2021年3月末までにお願いします。先生の下記のアドレスにご連絡下さい。自宅住所と所属先、氏名を忘れずにお書き下さい。

asuehiro0830แอทgmail.com(メールを送る場合は、แอทを@に置き換えてください)。

第31回定例研究会(2月13日・オンライン開催)のご案内【要事前登録】

会員各位

先にご案内しておりました第31回定例研究会を、下記の要領で開催します。
今回はZoomを利用したオンライン開催となります。参加を希望される方は、
下記のフォームより事前登録をお願いします。ご登録いただいたメールアドレス宛てに、研究会前日までにミーティング参加用の情報をお送りします。

・開催日時:2021年2月13日(土) 13:30-15:00

・報告者:プラティッポーンクン・ルアンリン
    (大阪大学大学院国際公共政策研究科・博士後期課程)
・報告タイトル:「タイ深南部における児童婚について」
     報告要旨はこちら

・登録フォーム(必須):https://forms.gle/6qBZEKAPuftQHFoD9
  ※2月10日(水)までにご登録下さい。
  ※もし、登録したのに前日までに参加用の情報が届かないということがありましたら、日向(hinata.shinsukeแอทgmail.com)までご一報下さい。
(メールを送る場合は、แอทを@に置き換えてください)

以上となります。皆さまのご参加をお待ちしております。

 定例研究会担当:鈴木佑記・日向伸介

アジア太平洋研究賞の募集

日本タイ学会のみなさま

アジア太平洋フォーラム・淡路会議事務局より、第20回アジア太平洋研究賞の候補論文の募集のお知らせが来ました。アジア太平洋地域に関する優れた人文・社会科学系の博士論文を顕彰するものです。

詳しくは以下をご覧ください。

第20回「アジア太平洋研究賞」(井植記念賞)募集要項 :: アジア太平洋フォーラム・淡路会議 (hemri21.jp)

研究史聞き取りの会〜赤木攻先生〜

 「タイ研究に携わり50年」

日 時:2019年11月9日(土)15:00-17:30
場 所:大阪大学豊中キャンパス
    全学教育推進機構スチューデントコモンズ(総合棟Ⅰ)2階セミナー室B
語り手:赤木攻先生(大阪外国語大学名誉教授)
     (略歴および研究業績はこちらからご覧ください)
司 会:村上忠良(大阪大学)、遠藤環(埼玉大学)

はじめに

遠藤環:

今日全体の司会を務めます、埼玉大学の遠藤と申します。よろしくお願いします。昨年から日本タイ学会では、タイ研究史を語っていただくという企画を始めております。昨年は友杉先生で、今日は赤木攻先生にお願いしております。司会は大阪大学の村上先生にお願いしております。皆様もご存知の通り、赤木先生は大阪外国語大学の名誉教授でおられまして、学長を務められ、その後東京外国語大学にもお勤めになられたことがあります。それから、この日本タイ学会でいうと、タイセミナーのころからの創設者のお一人で、非常に長い間日本タイ学会を引っ張ってこられた先生です。

今回準備するにあたって、大阪大学による名誉教授へのインタビュー記録と、赤木先生が生い立ちから比較研究史に至るまで寄稿していらっしゃる『クルンテープ』1を読みました。日本タイ学会そしてアジア研究の立ち上がりの頃から、アジア研究が育ってくる過程を引っ張ってこられたので、そういった観点からもお話いただけるかと思います。赤木先生のご経歴は、村上先生にも少しご紹介いただこうと思っております。先週出たばかりの赤木先生の集大成のひとつである『タイのかたち』2が後ろの方に並んでおりますけれども、今日はこの本のご紹介もどこかの時点で少ししていただけるのではないかと思っております。

私の方からは、資料と事務的なことを確認させていただければと思います。大体2時間くらい村上先生の司会で赤木先生からレジュメに沿ってお話いただこうと考えております。最後に30分くらい会場の皆様との質疑応答の時間を取りたいと思います。配布している資料は3種類ありまして、赤木先生に作成していただいたレジュメ、赤木先生の経歴について末廣昭先生が作成してくださった図表の形になっているもの、それから赤木先生の略歴及び研究目録があります。それから学会員の方には、アジア経済研究所の小林磨理恵さんが作成してくださった研究目録がすでに学会のメーリングリストの方で流れているかと思います。目録は実に65ページあります。まだ見ていない方はあとで確認していただきたいと思います。色々と赤木先生が関わっていらっしゃった関係で、今日はタイとの関わりが深い方もいらっしゃっているとお聞きしております。もし目録を後日入手したいという方がおられましたら、終了後おっしゃっていただければと思います。それでは、村上先生にバトンタッチしたいと思います。よろしくお願いします。

村上忠良:

大阪大学の村上と申します。今、外国語学部でタイ語専攻の教員をしております。本日は赤木先生の研究史聞き取りということで、私が司会でいいのかなというのはあるのですけれど、多分私よりもご存知の方が多いと思うのですが、赤木先生のご紹介を簡単にさせていただきます。

私が赤木先生とお会いしたのは、1984年に私が大阪外大のタイ語学科、その時はタイ・ベトナム語学科というところでしたが、そこに入った時に教員として教鞭をとられていて、その時からのお付き合いとなっております。ご存知のように赤木先生は色んな面をお持ちの先生です。当然のことながら大学の教員で研究者ですから、研究者というのが一番の側面で、様々な研究をしてこられました。それ以外の赤木先生の特徴としまして、私いつも横で拝見しているのは、非常に優秀なオーガナイザーです。様々な人と人を繋いで色々な活動をずっとされています。特にタイ、もしくは東南アジア研究において様々な活動をされています。例えば赤木先生や末廣先生たちがお創りになった日本タイクラブや、この日本タイ学会の母体になるタイセミナーという研究者の研究集会、個人的なことを言いますと大阪外大のタイ語専攻の同窓会も、赤木先生にお世話になりながら活動をしています。そういうところで、研究者でもありオーガナイザーであります。もう一つ、赤木先生の人生の中で、アドミニストレーターとしてのお仕事も非常に大きいです。ご存知の通り大阪外大の学長を務められましたし、今は大阪観光大学の学長もされています。そういう意味でアカデミックな組織を管理運営されてきたという、本当に多面なお仕事をされてきた先生です。

今日は日本タイ学会の主催ですので、本当は色々な話をお聞きしたいのですが、まずは先生が研究を志されたところ、特に私なんかも世代が赤木先生より二世代くらい下の人間ですので、若い世代の人たちに赤木先生が研究をずっと続けられてきた最初の立ち上がりのところのお話。もしくは1970年代からタイの農村調査を共同研究でされていますけれども、そういう共同研究のお話からまずお聞きしたいと思っております。大体45分くらいお話しいただいて、私が頃合いを見て少し休憩を入れて、それから続きであと45分くらいお話ししていただけるかと思います。1時間半休みなしで話されるとだいぶお疲れになると思いますので。それでは先生、どうぞよろしくお願いします。

岡山の少年時代と外国への関心

みなさん、座ったままでお話させていただきます。今日は本当に大勢の方に集まっていただきまして、またこのような機会を設けていただきまして、ありがとうございます。とりわけ末廣先生、小林さん、それから遠藤先生、日向先生、本当に学会の大勢の方にお世話になりました。末廣先生には私よりも立派な年表を作っていただきまして本当に感謝しております。今日は生い立ちの方から少しずつ入っていって、タイ研究を始めた動機とかそういったことからお話したいと思っておりますけれど、歳も75を十分に超えまして後期高齢者になりましたので、多分ほとんどのことを忘れております。もし質問がありましたら、質問していただければ思い出すかもしれませんので、よろしくお願いしておきます。

このお話をいただいた時レジュメを作ろうと思って、簡単に作ったものが皆さんのお手元にあると思います。実は私は岡山県の生まれです。本当に寒村で、倉敷の駅から伯備線に乗って、当時ですと蒸気機関車で2時間くらい米子の方に向けて行く途中の、中国山脈のやや山陽側の本当に小さな村で、戸数が15軒か20軒くらいの村に生まれました。私は幼稚園には行っておりません。幼稚園がなかったのです、家の近くに。皆さんはおそらく複式教育を受けられた方はそんなにいらっしゃらないと思います。複式教育といいまして、ご存知の方はご存知だと思いますけれど、2学年が一人の先生から同時に学ぶ。そういう教育を小学校で受けました。ですから「1年生の皆さん算数をしておいてください。さあ2年生の皆さん国語を始めましょう」とか、幼い頃はそういう状況の小学校で学びました。私の出た小学校の名前は足見(たるみ)小学校といいまして、「足を見る」と書きます。なぜかといいますと、私の家は高梁(たかはし)川の近くにありましたが、学校そのものは山の上にありまして、足を見て歩かないと歩けないくらい、つまりものすごく急な坂で、そこを通ったわけです。登るのは1時間、降りるのは10分か15分でした。そういった山の中で育ちました。ですから外国のことは全く知らなかった。周囲は山ばっかりでしたから。

ただ一つだけの思い出とすれば、私の村の中には「株内」というのがありました。株というのはいわゆる木の株ですけれど、株内というのは、赤木の姓の家が一緒になった寄合みたいなものですね。例えば正月の1月1日は戸主が集まって、一に礼を書く「一礼」という、お互いに今年もよろしくというような挨拶を代わり番こに赤木姓の家でやるような習慣(儀式)がありました。それがまたあとで申し上げると思いますけど、タイで農村調査に入った時に「屋敷地共住集団」という家族形態に出会い、比較の対象として自分にとっても随分参考になりました。そのことを考えると、幼年時にそんな田舎で育ったことが、後のタイ研究と関連したことを不思議に思っております。

少年の頃は毎日高梁川で遊んで、ほとんど何もしておりませんでした。外界、外の世界と自分を繋ぐのは、当時はラジオしかありませんでした。それも山の中ですから、NHKともう1局、2局くらいしか入りませんでしたが。そんな経験のある方はもういらっしゃらないと思いますが、電波を合わせるのがものすごく難しいんですね。それをなんとか合わせながらラジオを聞いていました。たまたま私に3歳くらい上のいとこが赤木株内の中にいまして、そいつとよく遊んでいたんですけれど、彼がちょうど中学校に入った頃、私が小学校の5年生か6年生でローマ字を習い始めたかどうかという時に、「おまえ英語知らないの」というわけです。「英語?」と聞きましたら、「お前は知らないだろう、わしは英語を喋れるんだぜ。This is a pen.」とやったわけです。ぼくはびっくりしましてね、そんな言葉あるんかいなと。その後、親に聞きましたら、英語というのはあると。世界には色んな言葉があるというのを教えてもらいましたら、そして、父親がいつの間にか当時のNHKの基礎英語のテキストを買ってきてくれたんです。

それで6年生の4月だったと思いますけど、とにかく朝の6時か6時15分か忘れましたけどラジオを入れて、聴き始めたのです。それが、おそらく外の世界、外国と接した最初だったと思っております。それを分からないままに、これローマ字と違うかと思いながら聴いたものです。中学校に入った時、中学校は30人くらいのクラスが2つありましたけど、父兄の70%くらいは「うちの子には英語は教えてもらわなくていいです、先生」と言っていました。つまり大きくなっても英語を使うようなことは多分ないだろうという。そういう田舎でした。私はちょっと基礎英語を聞いていましたから、1年生の時もなんとなくうまく授業に入っていけたような気がしました。

中学校はだいたい徒歩で30分、自転車で15分くらいかかりました。高等学校は伯備線で4駅か5駅離れた町に通いました。当時は1時間に1本くらいしかなかったのですが、いわゆる蒸気機関車に乗って汽車通学していました。ですから、朝早く出て夜は遅くなって帰ってきました。1本汽車を乗り遅れると1時間か2時間待たなければなりませんでした。

そういった所で育ちまして、さあ、どこの大学へ入ろうかと。1963年のことです。困りまして、親もそんなに裕福でもないしできるだけ迷惑をかけないように国立大に入りたいと考えていました。でも田舎で、どこの大学へ行くといっても都会に行ったことがないから、受験に一人では行けません。私のいとこの一人が神戸大学におりましたので、当時2期校と1期校とありまして、1期校は神戸を受けようと決めました。これはたぶんダメだろう、入学できないだろうと思っておりました。2期校は、大阪におじいさんの弟が住んでいまして、「おさむ、来いや、春場所もあるし、ええよ」と言われたので、じゃあ行こうかと。そんなわけで、親戚のあるところの神戸大学と大阪外国語大学を受験しました。

大阪外大を受ける時には、言語を選ぶ必要がありました。その時に、なぜか分かりませんが、私はアジアにちょっと興味を持っていました。当時、アジアの言語は中近東、アフリカまで含めて10言語くらいは外大で開講されていたと思いますが、その中でくじを引いたところ、タイ語に当たりました。それ以上何もない。ですからタイとか、ビルマとかマレーシアとかについて、それほどその時に知識はなかったのですが、もうどこでもいいというような気持だったと思います。ともあれ、タイ語に当たったというのが、タイ語学科に入学したきっかけであります。大阪外国語大学では、私の時はすでに毎年の募集でしたけど、私のちょっと前まではタイ語やビルマ語は隔年募集でした。毎年募集がなかったわけですね。ですから私の上はいたけれど、1年生に入った時に3年生か4年生はいなかったんじゃないでしょうか。

学年も一学年10人ほどでして、小さな小さな学科でした。私も岡山から出て大阪に行ってびっくりしました。田舎出の子は本当に大変でしたね。もう学校の周りは全部自分一人では入っていけないような建物ばかりでした。当時大阪外大があった場所は、上本町6丁目の辺りです。上本町の6丁目から大学までの間に、パチンコ屋、麻雀屋、暴力団事務所、ストリップ劇場、そんなものばっかりありました。今はだいぶなくなりましたけれど、いわゆるなんとかホテル、あ、ラブホテルという類いですかね。よくワシントンとかパリとかいった都市の名前にちなんだ名前のホテルがありました。午後の授業が終わったら「これからワシントン行くよ」とかいった冗談がよく飛び交いました。本当にあんなところに学校がよく建っていたなと思います(笑)。

ですから最初は怖くて、当時まだ市電が学校の前を走っていましたが、乗ったらどこ行くか分かりませんから、僕は歩いてばっかりでした。祖父の弟が、大学へ歩いて行ける所へ下宿を探してくれまして、そこへまず住みました。私が最初に入った下宿は一間、一部屋だけですね。2階に二つ部屋があって襖で区切られていて、私の隣部屋は3年生のモンゴル語の学生でした。非常に良い先輩で、色々な所を案内して連れて行ってくれましたので、私はなんとか大学生活を始めることができましたが、襖ひとつですから、今のような学生の生活環境とはずいぶん違うと思います。

『年報タイ研究』投稿募集のお知らせ(投稿申込締切12月15日)

日本タイ学会の会員の皆さま

『年報タイ研究』編集委員会からのお知らせです。
以下の要領で、本誌第21号の投稿を募集します。
投稿希望会員は、次の6項目を記入の上、《2020年12月15日締切厳守》で、下記編集委員会のメールアドレスまで連絡してください。

1.氏名
2.所属
3.連絡先(住所・電話番号・電子メールアドレス)
4.投稿題目
5.構想(800字程度)
6.投稿種類(論文・研究ノート)
(執筆言語も合わせてお教えください。)

編集委員会メールアドレス
editorแอทthaigakkai.org(メールを送る場合は、แอทを@に置き換えてください)。

投稿規定は、第20号の表紙裏、もしくは「年報タイ研究 最新号投稿規定」をご覧ください。
申込内容の結果を踏まえて、編集委員会から改めて投稿の依頼をします。
第21号の投稿原稿の締切日は《2021年2月15日》です(当日必着厳守)。

皆さまからの積極的な投稿をお待ちしております。

第14回国際タイ学会(The 14th International Conference on Thai Studies)について(第一報)

日本タイ学会会員の皆様


 オンライン大会での総会でもお知らせいたしましたが、来年12月に、下記の要領で、京都で国際タイ学会が行われる予定です。

第14回国際タイ学会(The 14th International Conference on Thai Studies)
 日程 2021年12月10~12日
 場所 京都テルサ 個人とパネルの両方の発表を受付ます。

詳細は、第14回国際タイ学会Websiteをご覧ください。
ふるってご参加のほど、よろしくお願いいたします。

日本学術会議新規会員の任命拒否について

 この度、日本学術会議が新たに会員に推薦した105名のうち、人文社会科学系の研究者6名が内閣総理大臣によって任命されませんでした。このことは、日本学術会議法で明確に謳われている諮問機関・勧告機関としての独立性への侵犯および、学問の自由と自律を脅かすことを意味し、学術活動に関わる団体としてけっして容認できない事態であると考えます。

 日本学術会議の要望に沿って、6名の研究者がすみやかに会員に任命されることを強く要望いたします。

2020年10月20日

日本タイ学会理事会

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