第29回定例研究会

第29回定例研究会を、2月22日に開催しました。

日時:2020年2月22日(土)14:00-18:00
場所:国士舘大学世田谷キャンパス
   6号館1階6104教室

報告①
報告者:大石 友子(広島大学大学院 国際協力研究科 博士課程後期)
報告タイトル:「タイ・スリン県の“ゾウの村”におけるエレファントショーに関する一考察:クアイのゾウ使いとゾウの関係性に注目して」

報告②
報告者:内住哲生(首都大学東京、人文科学研究科・博士前期課程二年)
報告タイトル:「タイ北部リスの舞踊の変容と継承:2003年の麻薬に対する戦争を契機として」

【報告要旨1】

大石 友子「タイ・スリン県の“ゾウの村”におけるエレファントショーに関する一考察:クアイのゾウ使いとゾウの関係性に注目して」

 本発表では、タイ東北部スリン県の「ゾウの村」におけるクアイの「ゾウ使い」について検討した上で、他者からのまなざしと、ゾウ使いとゾウの個別具体的な関係の中でエレファントショーが作り上げられている様相を考察したい。

 クアイの人々は、タイ国内ではスリン県を中心として居住するモン・クメール系の人々である。その中でもスリン県タトゥーム郡の「ゾウの村」を中心とした地域の人々は、ゾウと共に暮らしていることで知られている。クアイの人々とゾウの関係性については、ゾウ使いによって都市部に連れ出された「街歩きゾウ」が、ゾウの虐待や酷使であるとしてメディアに取り上げられ、社会問題化した1990年代から2000年代にかけて、主にタイ人研究者の学位論文としてまとめられている。そこでは、メディアとは異なるクアイの人々の姿を描き出すために、彼らの社会経済的状況や、ゾウ狩りを中心とするクアイ特有の文化等について論じられてきた。しかしながら、既存の研究においては、ゾウ使いのゾウを統御する側面のみが固定的に描かれてきた一面があり、そもそもクアイの「ゾウ使い」がどのような人々であるのかが詳細に検討されてきたとは言い難い。

 タイにおける飼育ゾウの役割や位置づけの変遷の中で、「ゾウ使い」は、ゾウを酷使・虐待し得る存在や、ゾウをコントロールする存在、そして、ゾウを保護すべき存在としてまなざされてきた。しかし、タイの「ゾウ使い」には公的な免許や証明書は存在せず、法律においても定義がなされているわけではない。また、一般的には「ゾウに乗り、指示を出す人々」が「ゾウ使い」とされているものの、この条件を満たさない人々が「ゾウ使い」と呼ばれることがある。一方で、この条件を満たしていても、「ゾウ使い」ではないとクアイの人々によって言及されることがある人々もいる。クアイの人々にとって「ゾウ使い」は、単にゾウを統御する存在ではなく、ゾウを理解し、やりとりを行う人々として捉えられている。また、ゾウの存在を身近に感じているクアイの人々は、個別具体的なゾウを好きになり、ゾウの個性を知り、ゾウとのやりとりの仕方を身体に内面化していくことで、ゾウと意思疎通を図るゾウ使いへとなっていく。したがって、クアイのゾウ使いは、ゾウとの関係性の中で主体として構築されていると考えられる。

 こうした村のゾウ使いの多くは、エレファントショーを中心とする公的機関による観光開発事業に従事している。エレファントショーでは、他者からのまなざしの中で、ゾウ使いが自らの行動を規律するとともに、ゾウの行動を規律する様子が見られる。一方で、彼らは常に規律の中に身を置いているのではなく、ゾウ使いがゾウの個性を引き出したり、ゾウの突発的な行動に驚かされながらも楽しんでいる姿も見られる。このように、ゾウ使いやゾウに対する権力とともに、ゾウ使いとゾウの個別具体的な関係性が立ち現れることで、「ゾウの村」のエレファントショーが生成していることを本発表では指摘したい。

【報告要旨2】

内住哲生「タイ北部リスの舞踊の変容と継承:2003年の麻薬に対する戦争を契機として」

 本発表では、2003年の麻薬に対する戦争を契機としたタイのリス社会の文化振興運動の隆盛に伴い、リスの人々の大部分に共有された実践である舞踊の位置づけや、その実践の場がいかに変容したのかを、リスの文化振興運動に関する先行研究、およびリスの新年祭と文化振興イベントにおけるフィールドワークから論じる。

タイ北部のリスの人々の伝統的な舞踊は、人々が手を取り合い、輪を成して踊るものである(以下、輪舞とする)。元来、リスの新年祭などの行事の場面で行われてきたこの輪舞においては、これを実践する特定の職能者はおらず、一般の村人が老若男女を問わず、他村からの来訪者をも取り込んで踊る極めて開放性の高い舞踊であり、先行研究では祝祭における社会交流の核として、また男女の出会いの場として位置づけられてきた。しかし、新年祭という場は、リス旧来の信仰である祖霊・精霊信仰と結びついたものであったため、キリスト教に改宗した者の中には新年祭の場に参与しない者もいた。

しかし、このような位置づけは近年変容しつつある。2003年の「麻薬に対する戦争」により麻薬への関与の深かったリスの人々の多くが投獄・処刑されてしまったことを契機として、それまでは起こり得なかった祖霊信仰者とキリスト教徒共同の文化振興運動が隆盛するようになる。これに伴って両者が共に参与し得るような実践の一つとして位置づけるべく、輪舞も信仰を超えたものとして解釈されるようになった。

 実際に輪舞が行われる場の様子も、新年祭と文化振興イベントでは異なる。新年祭においては祖先霊の依り代である「新年の木」や祖先霊への供物の周りで輪舞が行われ、奉納儀礼としての色彩を残す一方、信仰と無関係に行われる文化振興イベントではこうした依り代や供物の存在しない、信仰と切り離された場で輪舞が行われる。また、両者の場に共通する変容としては、リス輪舞を通して、時にタイのリス以外の人々(リス以外のタイ人、他地域のリス、欧米人など)もが輪舞の場に参与するようになった点が挙げられる。

 以上の報告を通して、リスの人々を取り巻く環境の変化に呼応して、輪舞の解釈や実践の場が変容する一方で、今もリスの輪舞が人々の交流を促す実践として受け継がれていることを示したい。