第1回若手研究会

日時:2010年10月2日(土)午後2時~6時
場所:東京大学社会科学研究所1階 第一会議室

報告者(1):森田敦朗(大阪大学人間科学研究科講師)
「土着の機械技術における発展と多様性:人類学、科学技術論、地域研究の狭間から考える」

報告者(2):岩城考信(法政大学デザイン工学部建築学科教育技術嘱託)
「水辺都市バンコクの空間構造:文書史料、フィールドワーク、GISによる空間分析の実践」

日本タイ学会の新しい試みとして、若手の研究報告を中心とした部会を定期的に開催することになりました。
第1回若手研究会は、博士論文を提出したばかりのお2人(文化人類学および建築学)に報告していただきました。
今回の研究会では、単なる博士論文の要約ではなく、博士論文で明らかになった知見をふまえながら、自身の研究テーマと問題意識、研究手法がどのように発展、変化してきたのか(フィールド調査を含む)を切り口にお話しして頂きました。お2人の報告を通じて、既存のディシプリンと地域研究との相互交流と緊張関係、現代の変化が地域研究に突きつけている新たな課題といった点に関しても、議論を行いました。

【趣旨説明と案内】 遠藤環
日本タイ学会の新しい試みとして、若手の研究報告を中心とした部会を定期的に開催することになりました。第一回目は、博士論文を提出したばかりのお二人(文化人類学および建築学)の報告です。
今回の研究会では、単なる博士論文の要約ではなく、博士論文で明らかになった知見をふまえながら、自身の研究テーマと問題意識、研究手法がどのように発展、変化してきたのか(フィールド調査を含む)を切り口にお話し頂きます。お二人の報告を通じて、既存のディシプリンと地域研究との相互交流と緊張関係、現代の変化が地域研究に突きつけている新たな課題といった点に関しても、議論の中で深めていければと思います。以下、簡単ですが、企画者、発表者による趣旨文です。
地域研究は、その総合的な視野によって異なるディシプリンの間の議論のプラットフォームを提供してきました。しかし、私たちは、地域研究はいま次のふたつの挑戦に直面していると考えています。
第一に、専門化の進行と分野の再編によって各ディシプリンの状況は地域研究が誕生した当時とは大きく変わりつつあります。第二に、グローバル化が進む中で国や地域の単位としての妥当性はもはや自明なものではありません。このふたつの変化は、ディシプリンと地域研究の間に新たな葛藤を生み出しつつあります。ときに全く違う方向へと変化していく地域研究と自身のディシプリンの狭間で、どのような問いを発し、どのような手法で研究を行うかという問題は若い世代にとって新たな挑戦となりつつあります。今回の会では、報告者それぞれが地域研究を取り巻く現在の状況を直視した上で、どのような挑戦を試みているのかを浮かび上がらせていきます。

【当日の様子】
わたし(末廣)は、たまたま二人の学位請求論文の公開審査会に参加する機会をもち、それぞれの学術的内容について本人の報告を聴くと同時に、コメントする機会を得た。ただし、今回の研究会の目的は、遠藤環氏の趣旨説明にもあるように、博士論文の内容の詳細な紹介ではなく、二人がタイでフィールド調査を重ねながら、そのときどきに直面した問題、あるいは理論的、方法的問題に対する試行錯誤について率直に語ってもらい、若手研究者に刺激を与えてほしいという点であった。その目的は、3時間以上の熱のこもった報告と質疑応答の中で、十分に達成されたように感じた。
第一報告者の森田氏は、東北タイのコーラート市とその近郊の機械工場(修理と改造・組立)での聞き取り調査をベースに、「土着の機械技術」について産業人類学的立場から発表を行った。森田氏の研究関心は、職人が図面をもたず、近代的な分業体制ではなく、個人レベルの「万能的な技能形成」を特徴とする機械技術の発展が、果たしてタイ国の技術面での「後進性」を表しているのかどうか、という問いかけから始まっている。つまり、東北タイの農業機械の修理・改造に見られるさまざまな特徴(技術の見よう見まねによる伝承、顧客=農民のニーズに応じたオーダーメイド型生産、人的ネットワークなど)を、一国の技術形成の中にどう位置づけるのか、という問題関心である。この点を検討するために、森田氏は、(1)最新の人類学の議論、(2)中岡哲郎大阪市立大学名誉教授の産業技術論(科学技術論)、(3)コーラートにおけるフィールド調査の3つを援用し、その統合(記述総合的な問い)を図ろうとする。そして、タイの技術形成を理解するためには、特定のディシプリン(経済学や人類学など)に基づく現象の切り取りと分析ではなく、複数の視点を総合するという手間と時間のかかるアプローチが不可欠であるという主張を行った。
第二報告者の岩城氏は、建築デザインの専門家であるが、チュラーロンコーン大学の先生と共同で、バンコクの都市形成史の研究を進めてきた。従来の歴史文書や地図史料に依拠した研究だけではなく(友杉孝氏の一連のバンコク研究や、坪内良博『バンコク 1883:水の都から陸の都市へ』京都大学学術出版会、2011年)、(1)GISを活用した地籍図の作成(1907年印刷地籍図と1900年地主台帳の統合)、(2)建造物の実測調査、(3)オーラルヒストリーの3つを新たに加え、斬新で魅力に満ちたバンコク都市論を展開した。具体的には、「水辺都市」として発展してきたバンコク(1890年代から1940年代まで)を対象に、水路・道路・敷地・建築物などの「都市的条件」、社会制度・階層・宗教・民族などの「社会的条件」、地形や水環境などの「自然的条件」の3つの条件の連関によって形成される都市の空間構造を、GIS を駆使した多数の地図を使って報告を行った。
当日は、若手研究者だけではなく、タイ農村社会経済研究(中部タイ)とバンコク都市研究(社会史)の双方のパイオニアでもある友杉孝会員も参加し、スリリングな議論がなされた。また、夜の部の懇親会も盛況だった(文責:末廣昭)。

写真1:報告を行う森田敦朗氏
写真1:報告を行う森田敦朗氏。となりは司会の遠藤環氏。
写真2:会場の様子
写真2:会場の様子
写真2:会場の様子
写真2:会場の様子
写真4:「若手研究会」に参加した「プゥー・スーング・アーユ」の会員
写真4:「若手研究会」に参加した「プゥー・スーング・アーユ」の会員 (末廣会長、友杉孝会員、松薗祐子会員=中堅です)。
写真5:報告を行う岩城考信氏
写真5:報告を行う岩城考信氏
写真6:パワーポイントに見いる会場の参加者
写真6:パワーポイントに見いる会場の参加者