第5回若手研究会

日本タイ学会の若手研究会、第5回目を2月4日(土)に開催しました。

日時 2012年2月4日(土)午後2時~6時
場所 東京大学社会科学研究所1階 第一会議室

報告者(1):小木曽航平氏(早稲田大学大学院スポーツ科学研究科博士後期課程)
「タイの伝統医療と観光をめぐる文化研究」

【報告要旨】
 本発表では、医療という面からだけでは捉え切れないタイ伝統医療の社会文化的機能を観光という文脈の中に入ることで検討を加えていこうとしている。タイ伝統医療はタイ医学、薬草治療、マッサージなどから構成されている。今回事例として取り挙げるのは90年代を境にして観光客に“タイらしさ(Thainess)”を感じられる文化として知れ渡るようになったマッサージである。このマッサージが、近年のタイ政府が取り組む観光戦略において特徴的といえる「hospitable country」、「quality tourist」、「sustainable tourism」といった指向性とどのように親和しながらタイらしい観光文化となっていったのか、その歴史的背景とそうした場で“タイ”マッサージが果たしている社会文化的機能について明らかにしたい。

報告者(2):真辺祐子氏
(東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻 人間の安全保障プログラム修士2年)
「タイ南部国境地域の治安政策における思想と実践」

【報告要旨】
 本研究は、長引く南部国境地域の暴動問題の原因に関する先行研究の整理を行うと ともに、国内治安政策の実務の最高責任機関であるISOC (International Security Operation Command)の第四管区前方方面軍の高官へのインタビューをもとに、軍部の南部問題への認識と、その政策の実践の中で行われる人権侵害について考察を加えるものである。問題の背景として、マレー・ムスリムが約80%を占めるパタニ、ヤラー、ナラティワ ートのタイ南部国境三県とソンクラーの4地区では、2004年から激化した暴動問題によって2011年までの7年間で死者が約4,800人にのぼっている。国勢調査によるとタイには 人口の4.6%(資料によっては10%とするものもある)にのぼるムスリムがおり、バン コクをはじめとするタイ全土に居住している。国内ムスリムの全体数のうち80%がサトゥーン、ソンクラー県を含む南部国境地域に集住している。南部国境三県とソンクラー の4地区ではムスリムの大多数がマレー方言のジャウィ語を話し、他地域のムスリムとは一線を画す固有のアイデンティティーとなっている。

【当日の様子】
報告者(1):小木曽航平(早稲田大学大学院 スポーツ科学研究科博士後期課程)
「タイの伝統医療と観光をめぐる文化研究 タイ・マッサージを事例として」
 小木曽氏の報告は博士論文執筆にむけた構想発表であった。医療という側面からでは捉えきれないタイ伝統医療、とりわけタイ・マッサージの文化としての諸相を、観光化を読み解きながら明らかにした。小木曽氏によれば、今ではすっかりタイ文化として定着しているタイ・マッサージは実は90年代を境にして、“タイらしさ(Thainess)”を表彰する文化として創られてきたものであった。更に近年では、タイ政府が取り組む観光戦略であるヘルス・ツーリズムと結びつきながらタイを代表する観光となった。しかし、タイ・マッサージ自体の歴史を振り返ってみると、戦後は性産業と結びついたり、80年代には外国人によって国外流出する等の過程を通して、様々な変化を遂げてきたことがわかる。その変遷の中で、タイ・マッサージは観光文化として形成され、多様な文脈での活用を可能にする資源となり、一方でトランスナショナルな文化として外国においても活用可能な文化資源として機能するようになったことを明らかにした。
 日頃からタイ研究者もタイ・マッサージには関心が高いからか、フロアから様々な質問が寄せられた。中国やインドにも見られるマッサージとの関連性、性産業を含む外国産業との結びつき、タイ・マッサージそのものの手順や歴史に関する質問があげられた。議論が進む中で、小木曽氏が最も関心を寄せているというタイ人の身体感に関する話も取り上げられた。多くの人が関心を寄せるテーマだったために、知的好奇心が刺激される楽しい議論が展開された。

報告(2):真辺祐子(東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻人間の安全保障プログラム修士課程)
「タイ南部国境地域における治安政策の思想と実践」
 修士論文の執筆に向けて、タイにおけるフィールドワークの成果を含めた報告であった。南部地域を管轄するタイ王国軍の第4軍管区高官へのインタビューを通して、軍のインサージェント(反政府組織)への認識を明らかにし、軍部の南部問題への認識と、その政策の実践の中で行われる人権侵害についての考察を行った。南部の複雑な現状を見てみると、被疑者と一般住民の線引きが曖昧な軍の認識は現実を捉えきれておらず、むしろマレー系住民への人権侵害を引き起こしていた。更にはこの地域に施行されている特別法が、実質的に人権侵害を犯した軍人を保護している。近年では民事訴訟によって人権侵害が裁かれる事例がわずかに見られるようになってきたものの、マレー系住民が政府に対して抱く不信感は根深い。このような状況下で、地域住民と政府間の相互理解は築かれず、紛争解決が妨げられている現状を明らかにした。
 南部問題は現在非常に注目されている議題であり、フロアには南部問題の研究者もいたことから、濃密な質疑応答が展開された。実際の紛争地域でのフィールドワークに支えられた最新の情報を交換・確認する場にもなり、南部問題への理解が深まる議論となった。また、国内外の研究者との差異化をはかり、真辺氏の研究をより一層洗練させるための建設的なコメントも多く、全体的に学ぶことの多い有意義な時間となった。

 今回は、二つの全く異なる報告が一つの研究会で行われるという貴重な機会であった。議論は懇親会でも続けられ、いつも通りの盛会であった。

文責:竹原かろな(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科)

写真1:報告する小木曽氏
写真1:報告する小木曽氏
写真2:報告する真辺氏
写真2:報告する真辺氏