第9回若手研究会

日本タイ学会の第9回若手研究会を2013年5月25日(土)に開催しました。

日本タイ学会・若手研究会

日時 2013年5月25日(土)午後2時~6時
場所 東京大学社会科学研究所1階 第一会議室

報告者①:竹口美久氏(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士後期課程)
「タイにおけるCLM諸国出身労働者の就業状況に関する一考察(仮)」

報告者②:遠藤環(埼玉大学経済学部)
「在外研究(ロンドン)を通じてみた研究・教育環境:都市研究、アジア研究を糸口に(仮)」

第10回若手研究会

 日本タイ学会の第10回若手研究会を10月26日(土)に開催しました。

日時:2013年10月26日(土)午後2時~6時
場所:京都大学総合研究2号館4階 大学院アジア・アフリカ地域研究研究科(大会議室)

報告者1 稲田奏氏(早稲田大学大学院政治学研究科修士課程)
「2006年クーデタにおけるタクシン・軍・国王のインタラクション分析」

報告者2 小河久志氏 (大阪大学グローバルコラボレーションセンター特任助教)
「周辺イスラームのダイナミズム:タイ南部村落におけるイスラーム復興運動と宗教実践の変容」

【当日の様子】
 稲田氏の報告は、準備中の修士論文をもとに、「2006年クーデタにおけるタクシン・軍・国王のインタラクション分析」と題して行われた。タイで民主主義の定着を阻害している要因は何なのか、という問題意識を根底に据えつつ、2006年クーデタ発生のメカニズム解明を試みる報告であった。
 この報告で稲田氏は、修士論文の内容のうち、タクシンの意思決定に与えた影響を特に取り上げた。譲歩して自ら首相職を辞す場合とクーデタによる失脚の場合各々のインパクトを考慮すると、辞職を選ぶ方がコストは低いが、2006年にタクシンが選んだのはよりコストの高いクーデタによる失脚であった。その要因を、(1)王室の意思決定に関する不確実性と②農村という支持基盤の2つに求め、検証した。先ず(1)について、国王の演説を資料とし、政治へのどの程度の、そしてどのような言及があったかを分析した。タクシンはクーデタが発生した場合に国王が拒否権を行使する可能性が低いと判断したが、これが誤算であったと結論づけた。また、(2)については、地域別平均所得と所得別人口分布を用いて政党位置を推測し、政党位置が自分の所得層に近いほど投票する、というモデルを用いて、自ら首相職を辞した場合には支持基盤を失う恐れがあり、それよりはクーデタにより追放された英雄としての地位獲得を目指した、と結んだ。その上で、王室という伝統的な正統性と民主主義という近代的な制度の間で齟齬が生じているのではないか、という示唆を提示した。
 会場からは、様々な質問やコメントが出された。(2)の検証法や国王の演説に関する解釈、「正統性」や「民主主義」という語の意味内容など個別具体的な指摘のほか、修士論文全体につながる議論もなされた。副題で軍部(というInstitution)と王室(というInstitution)にタクシン(という個人)を並列するのは適当か、という論点の提示や、国王の演説に対する他の主体の発言や反応をインタラクションと呼んで分析出来るのではないか、というアドバイスもあった。

 続く小河氏の報告は、学位授与論文「周辺イスラームのダイナミズム:タイ南部村落におけるイスラーム復興運動と宗教実践の変容」の内容に沿って、同タイトルで行われた。トラン県でのフィールドワークに基づく研究である。ムスリムの宗教実践が表出する場として、(1)イスラーム復興運動団体(タブリーグ)の宣教活動、(2)イスラーム教育の現場、(3)民間信仰をめぐる実践の変容、の3つを取り上げて考察し、それらをローカルな文脈に留まらず、イスラームをめぐるマクロな政治社会的動きに結びつけて分析する、という報告であった。
 (1)について、「正しい」イスラームを宣教する団体の村への新規流入によって、村人は認識上3つのグループに分かれたが、これらは表立って対立するのではなく、むしろ協働する機会が少なくないなど、その関係が錯綜していることが示された。(2)について、教育の方法や手段の多様化によって宗教的な正統性をめぐる対立、イスラームに関する自身の知識や理解が正しいかどうかが意識されるようになった。(3)については、民間信仰の信仰度合い・解釈・実践に対する態度は、(1)と同様3つのグループに分けられ、各々が自身の実践を宗教的に「正しい」ものであると認識しているが、実際にはイスラームと民間信仰の対立・相補・連携といったダイナミクスを生み出している、とまとめられた。さらに、2004年のインド洋津波後には、アッラーへの畏怖の念が深化する一方で、それを反映した現世利益の獲得を主な目的とする宗教実践が興るなど、村人たちの宗教実践が常に変容し続けるものであることが指摘された。
 3つの宗教実践の考察と、自然災害という大きな外的要因の検討から、錯綜した宗教実践こそがイスラーム復興運動の実態なのであり、外からもたらされたイスラームと古くから村内に存在するイスラームは、対立すると同時に親和している、という結論が導かれた。
 会場にはイスラーム研究者も参加しており、イスラーム復興運動における宣教の意味や重要性、タイにおけるイスラームについて議論された。タイでは、イスラームの教えを世俗的な政治に持ち込むことはなく、小河氏が報告で扱ったイスラーム復興運動団体が知識人グループではなく、一般のムスリムのグループである点が、多くのイスラーム国家との違いであることも明らかになった。

(文責:竹口美久)

写真:稲田氏の報告
当日の様子1:稲田氏の報告

写真:小河氏の報告
当日の様子2:小河氏の報告

写真:会場の様子
当日の様子3:会場の様子

第11回若手研究会

日本タイ学会の第11回若手研究会を2014年2月22日(土)に開催しました。
佐治さんは博士論文の一部となる内容について、外山さんは提出済みの博士論文について報告しました。

日時 2014年2月22日(土)午後2時~6時
場所 東京大学社会科学研究所1階 第一会議室

報告者(1):佐治史氏(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士後期課程)
「『観光大国』を支える生活の論理:タイ運河沿い集落の水上マーケットをめぐる経済実践と社会」

報告者(2):外山文子氏(京都大学東南アジア研究所連携研究員)
「タイ民主化と憲法改正―1992~2012―」

【当日の様子】
 佐治氏のご報告は、ラーチャブリー県ダムヌンサドゥアク水上マーケットにおける経済活動について、観光客との商取引や経営者間の社会関係形成を中心に、ご自身が土産物店で働きながら調査・参与観察したデータに基づいて行われた。船着き場経営者と、青果物商、土産物小売商を主な対象とし、それぞれの経営形態等を明らかにした。
 土産物商は主な客層が海外の観光客であり、その場限りの駆け引きで売値が決まるのに対し、青果物商はタイ人を主な客層として定価をベースに売買する。また、土産物商どうしは競争相手であり協力関係がほとんどないのに対し、青果物商どうしは商取引の場で協力関係がみられ、その友人関係は日常的な贈与によって支えられている。このように両者には差異があるが、観光業と農業、そして商業の3つが維持されることで成り立つのが水上マーケットである。また水上マーケットではジャップ・ブー(くじ引き)という「賭け」や「遊び」の側面が強い取引も行われている。以上がご報告の簡単なまとめである。
 フロアからは、タイ経済における「市場(しじょう)」と、実際に行われているマーケット(市場(いちば))との関連についてのコメントがされた。また、青果物も含め、ダムヌンサドゥアクはあくまでも観光としての市場(いちば)という要素が強いのであれば、生活実践の場としての通常のタラートとは性質が異なるのではないか、といった質問も出された。その他、船着き場経営者や青果物商のタイ語呼称(主体の男女比に関わる)や、観光客層、他のマーケットとの比較などの検討から、抽象的な「市場(しじょう)」と具体的な「市場(いちば)」との関係性について、活発な議論が行われた。
 続いて、外山氏は昨年度に提出された博士論文の内容に基づき、1991年憲法、1997年憲法、2007年憲法の比較から、憲法改正がタイ民主化に与えた影響及びその政治的意図についてご報告をされた。
 1997年憲法と2007年憲法はいずれも政治家の汚職取り締まりを強化する点で共通していたが、それは汚職の増加というよりむしろ汚職と認定される範囲が拡大していたということが明らかとなった。また、独立機関は一連の司法制度に関わっているが、2007年憲法で権限が強化され公正性を欠くこととなった。加えて、ほぼ半数が任命制となった上院が憲法改正を阻止する役割を担っている。以上の点からも、1990年代以降の憲法改正は、選挙を通じて表明される民意を軽視しており、反対に過度に強化されて十分なアカウンタビリティを欠く司法により、議会制民主主義への信頼を低下させ、1990年代に始まった民主化への流れを非民主化に向かわせるものであった、というのがご報告の趣旨である。
 フロアからは、「司法」の政治アクターとしての実体面や、背後に存在する政治権力等にについて質問が出た。また、タイ裁判官の憲法や法律に対する認識についてもコメントがなされ、タイ裁判官の法に対する認識は、伝統的な道徳規範等の影響を受けて、西欧諸国のそれとは異なるのではないかといった議論が展開された。更に、現在のタイ政治情勢にも話題が及び、従来の政治権力構造が崩壊しつつある点についても活発に意見が交わされた。

(文責:宇戸優美子)

写真1:外山さんの発表
写真1:外山さんの発表
写真2:佐治さんの発表(発表を終えた後も続く議論)
写真2:佐治さんの発表(発表を終えた後も続く議論)

第12回若手研究会

日本タイ学会の第12回若手研究会を5月17日(土)に開催しました。

日本タイ学会・若手研究会

日時 2014年5月17日(土)午後2時~6時
場所 東京大学・赤門総合研究棟5階会議室

報告者①:Chadatan Osatis(埼玉大学大学院経済科学研究科博士後期過程2年)
“Closing Critical Skill Gap and Mismatch with the Right Skill Sets : A Case of IT-Industry, Thailand”    *発表は英語で行います。

報告者②:青木(岡部)まき(アジア経済研究所・地域研究センター研究員)
「メコン広域開発協力をめぐる国際政治の重層的展開:『ヘッジ戦略』概念を用いた考察」

第15回若手研究会

第15回若手研究会を下記の通り開催しました。

日時:2015年5月9日(土)午後2時〜6時
場所:東京大学赤門総合研究棟5階533号室

報告者(1):尾田ゆかり(日本女子大大学院人間社会研究科・博士後期課程)
「“国籍法の周縁部”から再びタイ人への道のり:チェンライ県メーサイ郡A村のタイ・ルーの国籍問題」

報告者(2):吉村千恵(熊本学園大学社会福祉学部・特定事業講師)
「タイの地域社会に生きる障害者:親密圏から公共圏を創る」

【当日の様子】
 尾田氏のご報告は、チェンライ県メーサイ郡A村のタイ・ルーの国籍問題に焦点を当てて、(1) A村のタイ・ルー2世世代の子孫達の国籍問題を明らかにし、(2) 制度によってタイ社会に生じた、“国籍法の周縁部”に係る事象を考察することで「国籍法の周縁部」という実体と概念の意味を論じるものであった。(1) については、A村のタイ・ルー2世世代の子孫達が13桁のID番号という新制度導入を機に同布告の発布から12年後の1984年にタイ国籍を取り消された事実が判明した。上記(2)については、「8」で始まるID番号は、「3」や「5」で始まるID番号よりも、特定の市民権上において劣位におかれ、二級市民的な者を示すメタファーになりつつあることを指摘した。フロアからは、「劣位」に置かれている状況を示唆するような、実証的なデータの提示が求められるなど、多角的な視野から質問・コメントなどがあがった。それに対して尾田氏は、「被選挙権がないため政治家にはなれない事、裁判官等、特定の職業につくことができない事が『劣位』の根拠として存在するが、その他には差別を受けることはない」と答えた。
 続いて、吉村氏は、タイの地域社会に生きる障害者たちに関する報告を行った。議論の中心は、大きく分けて以下の二点であった。一つ目は、変容するタイ社会における障害者の生活実践から、現代タイ社会で障害者がどのようにケアを獲得し、生活の質(QOL)を高めようとしているのかを明らかにし、そこからタイ社会での「障害」とは何かを考察することであった。二つ目は、未だ社会保障制度等の発展段階にあるタイ地域社会で重度障害者たちが暮らしていくことを可能にするケアシステムを、親密圏と公共圏の概念を用いて考察することである。
 発表中、吉村氏は、これまで注目されてこなかったタイ地域のインフォーマルセクターや障害者同士のネットワークが、相互ケアの関係を築き上げ、必要に応じて、それらのネットワークや地域内ケアを組み合わせながら問題解決を図っている現状を詳細な一次資料に基づいて説明した。また、吉村氏は、障害者たちの生活実践を調べ上げることで、親密な空間と公共の空間の創造/再編、または容易な往来現象を描き出し、こうした両空間の緩やかな往来こそが、タイの障害者が社会保障の発展段階にあっても暮らすことが可能な一つの社会システムを作り出す原動力ともなっていると指摘した。また、吉村氏の報告は、タイ地域社会において障害とはどのような社会的意味をもつのか、また西欧型社会保障制度とは異なる地域ケアとは何かについて改めて考えさせられる感慨深い研究でもあった。
 報告後の質疑応答では、フロアから多岐に渡る質問・コメントがあがった。ここでは、以下、質問二点とコメント一点に絞って振り返ってみたい。

【質問】

  • 公共圏と親密圏の概念に関する質問では、「タイでは、既存の議論としての公共圏や親密圏を当てはめることはそぐわないのではないか。タイの場合、親密圏の拡大が続くというイメージであり、公共圏と親密圏を線引きすることは難しいのではないか。「共存」や「接合」の視点をいれてはどうか。
  • タイでは、日本の障害者登録制度並びに障害者手帳―障害者の等級表等で制度的に『障害者』の定義が詳細に決められており、障害の度合いに応じて受ける社会保障や福利厚生内容が変動―をモデルにしているが、タイにおける障害者の制度的な『障害者』の定義づけと現実の状況はどのようになっているのか。というのも、統計上に表面化されていない障害者もいるのではないだろうか。「制度」外で生きる障害者についても視点を加える必要があるのではないか。吉村氏の論文内に出てくる『障害者』は、主に可視化された障害者を対象に描かれていたが、タイの生活のなかで可視化されない障害者の実状はどのようなものなのであろうか。

【コメント】

  • 制度で決められた「障害」を「可視化される障害」と「可視化されない障害」とに分けて考えてみた場合、吉村氏の対象調査地は、可視化された障害者をもつ人々によるネットワーク構築、活動、エンパワーメントが見受けられる地域として描き出すことが可能となり、既存の障害者登録制度を自明のものとして扱わずに生活実践者側の世界から既存の「制度」を批判的に読み込むことができるかもしれない。これにより、吉村氏の調査地域に根ざして活動する障害者の方たちが直面している現実や活動が「制度」の実情と乖離していることを指摘でき、タイの障害者たちに関する厚みのある社会生活誌として高く評価できるであろう。

 これらの基礎的な情報の確認および建設的な質問・コメントに対して、吉村氏は今後の研究課題として公共圏と親密圏の概念整理、調査地と他地域との比較、障害者制度化の内実と現実の乖離の検証などについて答えた。ほかにも、多角的な視点からの質問・コメントがフロアからあがり、活発な議論が終始行われて、研究会・懇親会は大盛況であった。

(文責:平田晶子)

第14回若手研究会

日本タイ学会、第14回目若手研究会を下記の通り開催しました。

日程:2015年2月21日(土)午後2時~6時半頃
場所:大東文化会館

報告者① 直井里予(京都大学大学院アジアアフリカ地域研究研究科博士課程)
「北部タイにおけるHIVをめぐる関係のダイナミクスの映像ドキュメンタリー制作:リアリティ表象における映画作成者の視点」

報告者② 宇戸優美子(東京大学大学院 総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程)
「タイ人作家シーブーラパーの初期言論活動:文芸誌『スパープ・ブルット』から『人生の闘い』(1932)まで」