第15回若手研究会

第15回若手研究会を下記の通り開催しました。

日時:2015年5月9日(土)午後2時〜6時
場所:東京大学赤門総合研究棟5階533号室

報告者(1):尾田ゆかり(日本女子大大学院人間社会研究科・博士後期課程)
「“国籍法の周縁部”から再びタイ人への道のり:チェンライ県メーサイ郡A村のタイ・ルーの国籍問題」

報告者(2):吉村千恵(熊本学園大学社会福祉学部・特定事業講師)
「タイの地域社会に生きる障害者:親密圏から公共圏を創る」

【当日の様子】
 尾田氏のご報告は、チェンライ県メーサイ郡A村のタイ・ルーの国籍問題に焦点を当てて、(1) A村のタイ・ルー2世世代の子孫達の国籍問題を明らかにし、(2) 制度によってタイ社会に生じた、“国籍法の周縁部”に係る事象を考察することで「国籍法の周縁部」という実体と概念の意味を論じるものであった。(1) については、A村のタイ・ルー2世世代の子孫達が13桁のID番号という新制度導入を機に同布告の発布から12年後の1984年にタイ国籍を取り消された事実が判明した。上記(2)については、「8」で始まるID番号は、「3」や「5」で始まるID番号よりも、特定の市民権上において劣位におかれ、二級市民的な者を示すメタファーになりつつあることを指摘した。フロアからは、「劣位」に置かれている状況を示唆するような、実証的なデータの提示が求められるなど、多角的な視野から質問・コメントなどがあがった。それに対して尾田氏は、「被選挙権がないため政治家にはなれない事、裁判官等、特定の職業につくことができない事が『劣位』の根拠として存在するが、その他には差別を受けることはない」と答えた。
 続いて、吉村氏は、タイの地域社会に生きる障害者たちに関する報告を行った。議論の中心は、大きく分けて以下の二点であった。一つ目は、変容するタイ社会における障害者の生活実践から、現代タイ社会で障害者がどのようにケアを獲得し、生活の質(QOL)を高めようとしているのかを明らかにし、そこからタイ社会での「障害」とは何かを考察することであった。二つ目は、未だ社会保障制度等の発展段階にあるタイ地域社会で重度障害者たちが暮らしていくことを可能にするケアシステムを、親密圏と公共圏の概念を用いて考察することである。
 発表中、吉村氏は、これまで注目されてこなかったタイ地域のインフォーマルセクターや障害者同士のネットワークが、相互ケアの関係を築き上げ、必要に応じて、それらのネットワークや地域内ケアを組み合わせながら問題解決を図っている現状を詳細な一次資料に基づいて説明した。また、吉村氏は、障害者たちの生活実践を調べ上げることで、親密な空間と公共の空間の創造/再編、または容易な往来現象を描き出し、こうした両空間の緩やかな往来こそが、タイの障害者が社会保障の発展段階にあっても暮らすことが可能な一つの社会システムを作り出す原動力ともなっていると指摘した。また、吉村氏の報告は、タイ地域社会において障害とはどのような社会的意味をもつのか、また西欧型社会保障制度とは異なる地域ケアとは何かについて改めて考えさせられる感慨深い研究でもあった。
 報告後の質疑応答では、フロアから多岐に渡る質問・コメントがあがった。ここでは、以下、質問二点とコメント一点に絞って振り返ってみたい。

【質問】

  • 公共圏と親密圏の概念に関する質問では、「タイでは、既存の議論としての公共圏や親密圏を当てはめることはそぐわないのではないか。タイの場合、親密圏の拡大が続くというイメージであり、公共圏と親密圏を線引きすることは難しいのではないか。「共存」や「接合」の視点をいれてはどうか。
  • タイでは、日本の障害者登録制度並びに障害者手帳―障害者の等級表等で制度的に『障害者』の定義が詳細に決められており、障害の度合いに応じて受ける社会保障や福利厚生内容が変動―をモデルにしているが、タイにおける障害者の制度的な『障害者』の定義づけと現実の状況はどのようになっているのか。というのも、統計上に表面化されていない障害者もいるのではないだろうか。「制度」外で生きる障害者についても視点を加える必要があるのではないか。吉村氏の論文内に出てくる『障害者』は、主に可視化された障害者を対象に描かれていたが、タイの生活のなかで可視化されない障害者の実状はどのようなものなのであろうか。

【コメント】

  • 制度で決められた「障害」を「可視化される障害」と「可視化されない障害」とに分けて考えてみた場合、吉村氏の対象調査地は、可視化された障害者をもつ人々によるネットワーク構築、活動、エンパワーメントが見受けられる地域として描き出すことが可能となり、既存の障害者登録制度を自明のものとして扱わずに生活実践者側の世界から既存の「制度」を批判的に読み込むことができるかもしれない。これにより、吉村氏の調査地域に根ざして活動する障害者の方たちが直面している現実や活動が「制度」の実情と乖離していることを指摘でき、タイの障害者たちに関する厚みのある社会生活誌として高く評価できるであろう。

 これらの基礎的な情報の確認および建設的な質問・コメントに対して、吉村氏は今後の研究課題として公共圏と親密圏の概念整理、調査地と他地域との比較、障害者制度化の内実と現実の乖離の検証などについて答えた。ほかにも、多角的な視点からの質問・コメントがフロアからあがり、活発な議論が終始行われて、研究会・懇親会は大盛況であった。

(文責:平田晶子)